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簡単に分けられないものに線を入れる。そこには割り切れぬ思いが生じる。「線を引く」ということはそんな痛みを伴った営みだ。しかし果たして、私たちはどれほど線引きの痛みを感じているだろうか。
heal(癒し)とwhole(全体性)は同語源だ。私たちには線引きによって分断されたこの社会が、全体性の回復のための癒しを求め悲痛な叫びをあげているように思えてならない。差別や偏見の背景にあるのは「あなたとわたしは違う」という線引きだ。戦争や紛争だって、国境や民族間の境界線がなければ生まれないだろう。私たち個人も「あるがまま」の自分ではなく、キャラや役割など「〇〇な私」に切り分けられることで生きづらさをおぼえている。
私たちはいま、線引きに向き合うことを、境界線に気づき、それを足で、頭で、心で越えようとする「越境」の姿勢を求められているのではないか。
越境ということをはじめよう、越境によって新たな「こと」がはじまることを願って。
